漫画の構成要素には「深さ」って概念があるんじゃあないかという話

はじめに

漫画は、多くの構成要素が複雑に絡み合う総合芸術であり、それが漫画の売りであると同時に難しいところでもあります。
なぜ難しいのか? それは、多くの構成要素が「複雑に絡み合って」いるからです。ならば、この構成要素たちを、何らかの評価軸に基づいて整理してやれば(絡み合っている糸をほぐしてやれば)、比較的容易に物語が作れるのではないでしょうか。

本記事は、漫画の構成要素群に「深さ」という概念を導入して、これを活用した創作手法を提案するものです。

目次

漫画の五大構成要素(浮曇非路の漫画観)

私(というか浮曇非路というか)は、次の5つが漫画を構成する要素の中で最も重要なものであると考えています。

  • キャラクター
  • 世界観
  • ストーリー
  • テーマ

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では、これら5大要素に「深さ」という概念を導入してみましょう。先の箇条書きにおいて、上に書いた要素は「浅い要素」であり、下に行けば行くほど「深い要素」であると考えています。つまり、絵が最も「浅い要素」で、テーマは最も「深い要素」なのです。
この「深さ」という概念は、「わかりにくさ」と言い換えてもよいと思います。作品を一目見てわかるのは絵とかキャラクターとかであり、ストーリーやテーマはきちんと読み込んでいかないとわからない、ということです。

このことを念頭に置いて、我々は何を意識して作品を作ればいいのか考えてみます。

「深さ」を意識した漫画の作り方

読者の皆さんは、読み始めは浅い要素に注目しがちですが、読み進めていくと深い要素に注目したくなってくるのです。

これは漫画以外のあらゆるものもそうですよね。例えば料理なら、最初は口に入れた時のインパクトを重視しますが、食べ進めていくに従って後味を気にするようになるでしょう。最初のインパクトだけを重視して作った食べ物は段々飽きられていったりもします。あるいは、人間関係もそうかもしれません。どんなに素晴らしい性格でも、見てくれが不潔だったら周囲から慕われないと思います。

つまり、漫画の「浅い要素」とは作品の「第一印象」なのです。一般に「掴み」と言われているような部分だと思います。物語の序盤は、美麗な絵や今までに見たことない特徴を持つキャラクターを読者の皆さんに提供して、「第一印象で魅せる」ことが重要です。そうしないと、どんなに素晴らしいストーリーラインがその後に待っていたとしても、"周囲から慕われる"作品にはならないのです。

そしてお話が進んでいくのに応じて、段々と「深い要素」を見せていくと良いでしょう。最初から最後まで絵とキャラクターだけで読者の皆さんを喜ばせようというのはなかなか難しいです。インパクトだけを重視した食べ物のように、飽きられていってしまいます。ですから、絵やキャラクターで読者の皆さんの興味を惹いてから、徐々に深い要素を開示していきましょう。

1. 絵

読切の表紙や連載第1話の見開きといった、所謂一枚絵で十分に読者の皆さんの興味を惹けるならばいいのですが、やっぱり難しいですよね。そこで、「絵」をもう少し広く捉えて、「シーン」も含めて考えてみましょう。つまり「"絵"になるシーンを入れましょう」ということです。

目を引く

絵や序盤のシーンは、作品の第0印象ともいえるものです。ここで読者の心をガッチリ掴めるように、物語の最序盤に目を引くシーンを入れると良いと思います。例えば

  • エロ・シーン
  • グロ・シーン
  • 現実ではあり得ないシーン

などです。エロやグロは、やっぱりついつい見てしまうものですから、手っ取り早く第0印象を読者の皆さんに植え付けたいのであれば、特に効果的だと思います。
3つ目の「現実ではあり得ないシーン」も良い手法です。「魔人探偵脳噛ネウロ」や「暗殺教室」の松井優征先生はこの手法の名人です。「魔人探偵脳噛ネウロ」の第1話では、地面と水平に(現実ではあり得ない姿勢で)立つネウロが何度も描かれます。「暗殺教室」の第1話はもっと極端で、1. 学校の先生がタコ型宇宙人のような造形、2. 朝のHRで生徒が先生に銃を向ける、といった「現実ではあり得ないシーン」から始まっています。

興味を惹く

第0印象の作り方には、「目を引く」の他に「興味を惹く」があります。この代表例が「リターン」です。物語の結論を先に描くことで、「どういうことなんだろう」、「どうしてこうなったんだろう」という興味を読者の皆さんに抱いてもらうのです。 「絵」からは少し外れますが、効果的な"掴み"の作り方、ということで紹介してみようと思います。

荒木飛呂彦先生の読切「武装ポーカー」は、「謎の老紳士が読者に話しかけてくる」という異質な始まり方をすることで、読者に興味を抱かせることに成功していると言えます。そしてこの老紳士のシーンが終わると、ぺこぱよろしく時を戻してから本編に入ります。この「時を戻す」部分が「リターン」なのです。

ゆるキャン△」(あfろ先生)のアニメ版は、野クル・リン・斉藤・グビ姉先生の面々が、仲良くクリスマスキャンプをしているシーンから始まります。そして時は戻り……「ソロキャン最高」を信条とする孤高のキャンプ・ガールである志摩リンが本格的に登場します。ここで視聴者の皆さんは、「あれ、さっきのメンバーは?」、「この子はみんなと一緒にキャンプしそうにないけどなぁ」、「一体何があってみんなとキャンプ行くことになったのだろう」と興味を抱き、1クール視聴したくなったのです。*2

長々と書きましたが、やっぱり手っ取り早いのは「エロ・グロ・リターン」だと思います。お試しあれ。

2. キャラクター

次に、登場するキャラクターがどういう人なのかを表現しましょう。

「この髪型いいな」、「この服装、かっこいいな、コスプレしてみたい」などと思ってもらえるようなキャラデザである必要があります。一般的な服で普通と違う着こなしをする(「ジョジョ」で顕著ですね)とか、特徴づけるアイテムを付与するとかがよくあるキャラデザ方法です。

キャラデザはキャラクターの外見ですが、キャラクターの内側の描写も同じぐらい重要です。
これについては、ブレイク・スナイダー氏の「SAVE THE CATの法則」に詳しいです。ぜひとも読んでみてほしい本ですが、ざっくりとこのSAVE THE CATの法則を説明しますと、「主人公のことを好きになるエピソードを序盤に入れよ」というテクニックです。例えばねこちゃんを助けるとか、盗んだパンを空腹な子供たちにあげる(「アラジン」)とか。そのキャラクターがどういう人なのか、シーンで見せるのです。作劇の基本は「語るな、見せろ」です。

キャラクターの良いところを見せ、読者の皆さんに我が子をできるだけ好きになってもらいましょう。

3. 世界観

ここまできたら、物語の世界観や設定を開示しましょう。読者の皆さんに、「自分が好きになれそうなこのキャラクターが、この世界でどういう活躍をするのだろう」と期待してもらうのです。

往々にして、自分が一生懸命に作った設定は全て開示したくなってしまうものですが、その欲求をぐっとこらえることが重要です。読者の皆さんは「物語」を見たいのであって、設定を見たいわけではないのです。

設定開示で重要なことは次の2つです。

  1. 語るな、見せろ
    • 「説明するな」と言い換えることもできます。
    • 黒澤明監督の言葉だったと記憶していますが、「説明しないと伝えられないものは、どうせ説明しても伝わらない」のです。
  2. 単位時間当たりの情報量を調整せよ
    • 漫画の場合は「1ページ当たりの」と言い換えることもできます。
    • 1ページに登場する新しい情報が多すぎると、お客さんは混乱してしまいます。適切なペースで開示していくことが重要です。

設定開示は必要ですが、やり過ぎるとお客さんが離れる要因となってしまいます。作家の腕の見せ所とも言えます。

4. ストーリー

お待たせしました。ストーリーを思う存分描ける時間が、ようやくやってきました。
その素敵な物語を、好きなだけ暴れさせましょう。

5. テーマ

最後に、物語のテーマに着地させましょう。テーマとは物語の結論なのです。

まとめてみます

  • 漫画の構成要素には深さという概念がある(仮定)
  • 物語の進行度合いに応じて、描く要素を段々深いものにしていくと、読者の皆さんの興味を惹き続けることができる。
    1. まず、目を引く・シーンを入れる。合言葉は「エロ・グロ・リターン」
    2. 次に、読者の皆さんになるべく好かれるようにキャラクターを描く。
    3. そこまで示せたら、その物語の世界観や設定を開示する。「どういう活躍をするのだろう」と期待してもらう
    4. 葛藤や成長といったストーリーを描くのはその後である。
    5. 最後にテーマを提示する。

【余談】作画領域と原作領域

さて、散々議論してきたこの「深さ」という概念ですが、これは作画・原作の分業制をとっている作家さんにも役立つ概念だと思います。浅い構成要素は作画担当の方の腕が試される、いわば「作画領域」とも呼べる要素で、反対に深い構成要素は「原作領域」と呼べます。
ただ、分業の場合特に注意すべきなのが、この分類はあくまでグラデーションである、ということです。絵やキャラクターに関して、原作は全く責任を負わなくてよいわけではありませんし、作画がストーリーやテーマに我関せずであるのはあまりよい状況とは言えないでしょう。自分の専門外の領域に関与するのはなかなか難しいところではありますが、合理的な議論を繰り返して、作品にかかわる人全員の能力が掛け算された作品を目指したいものです。

終わりに

キャラクター造形やストーリーテリングに関する指南書は巷に溢れていますが、それぞれの要素をどの順番で描くのかということに言及しているものは少ないように思えます。その点で、この記事にはある程度の新規性・有用性があると考え、執筆しました。誰かの創作の助けになれば幸いです。
本記事に関するご質問などは、私が所属する個人事業所 浮曇想作所の質問箱に投げていただくのが一番気軽かなと思います。もちろん、ホームページに記載されているメールアドレスからコンタクトを取っていただいても構いません。
浮曇想作所を、今後ともよろしくお願い申し上げます。

文責: はんすおい
協力: 浮曇非路 (Special thx: ぶんちょう)

*1:これら5大要素を表現するための道具・テクニックが「コマ割」「構図」「セリフ」等であると考えています。

*2:こういう始まり方をしたので、第1期の最終回はクリスマスキャンプ回でした。第1話の答え合わせといえます。あと関係ないけど2期楽しみ